本門佛立宗 信行寺 (ほんもんぶつりゅうしゅう   しんぎょうじ)

東日本大震災の被害にあわれたみなさまの一日も早い復旧を心から祈念申し上げます。

本門佛立宗 信行寺
住職  指田隆行 

211−0011 神奈川県川崎市中原区下沼部1770 電話 044−411−5368 

JR南武線 向河原駅から徒歩2分  JR武蔵小杉新駅から徒歩8分

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信行寺通信 5月
2012/5/3 (木)

5月の行事


御総講


1日(火)10時30分 月初め祈願


13日(日)10時30分 日蓮大菩薩  1時 開導会将引道場


17日(木)10時30分 日扇聖人 


25日(金)10時30分 日隆聖人


8日(火)7時 日修上人言上


 22日(火)7時  日慶上人言上


26日(土)7時 日楽上人言上


 29日(火)7時 日湘上人言上


30日(水)7時 日歓上人言上


31日(木)7時 日晨上人言上


会議 


日(火)12時45分役中全体会議


日(金)時45分  婦人会会議


日(火)時30分 弘通委員会


23日(水)19時   事務局会議


25日(金)12時15分 納金事務 


26日(土)10時〜15時 菩薩の誓願口唱会

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信行寺通信 5月
2012/5/3 (木)

心のサプリメント 


 


 「上品」(じょうひん)という言葉は本来、仏教用語で、「上品」


(じょうぼん)と読みます。


人間の出来具合には上品、中品、下品と三ランクあって、上品は出来のいい人間のことです。


 ではどういう人が上品、中品、下品の人間なのでしょうか。


 


 上品(じょうぼん)


  ・・・人を残して死ぬ人


 中品


  ・・・仕事をのこして死ぬ人


 下品


  ・・・金をのこして死ぬ人


 


 この考え方でいくと、借金を残して死ぬ人は「下下の下品」ということになるでしょう。


 上品のご信者とは


佛立信仰を子から孫へと伝えていこうと心がけるご信者のことです。

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信行寺通信 5月
2012/5/3 (木)

 Q 他宗のお葬式や法事で特に気をつけることは?  


  他の信仰の本尊に手を合わせると思うと、とまどう人もあるでしょう。しかし葬儀や法事は亡くなられた方に対してお別れのご挨拶をしに行く場ですし、また故人を偲んで供養に出かける場と割りきってお参りすればよいでしょう。  


 その際、故人の霊が一番喜ばれ、また慰められるのは、お祖師さま(日蓮聖人)からいただく御題目以外にはないと教えられているのですから、その場は心の中で御題目をお唱えし、また本門佛立宗の信仰で供養させていただく証しとして当宗のお数珠は忘れないように持っていきましょう。 さらに後日、お寺や自宅の御宝前で改めてご回向(追善供養)をさせていただけば、亡き霊はもっと喜ばれます。  

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信行寺通信 5月
2012/5/3 (木)

引導(いんどう)     住職   指田隆行


  葬儀の多様化 


 ここ数年私たちの周辺で、一人の人間の死というものをどのように送り出すか、つまり葬儀、葬送のスタイルが実に様々なかたちで変容していることを見聞いたします。家族葬、直葬、密葬という“くくり”の中には出来るだけお金をかけず、人間関係の接触(お寺や葬儀社を含め)を避け、かつその故人の遺志を尊重したいというような背景のある中での選択なのでしょうか。 核家族化が進み、共同体が崩壊し、日本企業の制度・文化の変化とともに会社における人間関係も希薄化し、社会的な死ではなく、どこまでも個人的な死が問題になってきたともいえるのでしょう。


 本当に「葬式は、要らない」のか?


 今から2年ほど前、島田裕巳という宗教学者が「葬式は、要らない」という本を出して年間のベストセラーの3位を飾りました。この書名から見ると葬式不要を論じているように受け取られますが、むしろ、葬儀の意味を根本から問い直そう、という展開だったといえます。一部引用しますと、「一人の人間が生きたということは、さまざまな人間と関係を結んだということである。葬式にはその関係を再確認する機能がある。……そんな葬式なら誰もがあげてみたいと思うに違いない」 と、ここだけ見ると葬式というひとつの儀式やしきたりが問題なのではなく、その人がどういう生涯を、またその生きてきた価値観をどこに置いてきたのかを見ていく大事な場面なのだという受け止めめ方も出来そうです。


  決めておくべきこと


 しかし、その生涯にわたり大事にしてきた価値観や信念というものをちゃんと生きている間に発信して、それをきちんと伝えておかなければ、遺された家族は世間の風潮に順じてそれこそ葬式不要、火葬場直行、お骨だけもって帰宅と簡単に済ませておしまいということになってしまいます。


 我々佛立信者として、ご信心を大切にしてきたおかげを心から離さず、日々御宝前にお給仕し、ご奉公に身・口・意の三業を使い過ごしてきたその命をひとまず終えて、寂光浄土に旅立とうという時に、肝心の御題目の御本尊が安置されもせず、誰一人として故人を支えてくれてきた御題目を唱えて送ってくれないとしたならば、こんな不幸はありません。


 「この信心は私の代で終わり」と、閂(かんぬき)を入れてしまって、信者として最後に一番立派な現証御利益(臨終の相)を見てもらおうという最高の場面を大切に考えられないというのであれば、いったい自分のしてきたご信心とは何であったのでありましょうか。はなはだ疑問と言わざるを得ません。


 最高の引導とは


  「引導を渡す」という言葉を聞いたことがあるでしょう。広辞苑で引導と調べると、「迷っている衆生を導いて仏道に入らせること。また死者が済度するため、葬儀のとき導師が棺前に立ち転迷開悟(てんめいかいご)の法語を説くこと」とあります。しかし本人が臨終してもう善根功徳を積めないまま迷っている状態だというのに、なんとか無理やり仏道に入らせるというのも因果の道理に反して、なんかちょっとずるい感じがします。 


 我々佛立信者が生前唱え重ねてきた御題目があるからこそ、臨終のときにはその口唱の功徳で御題目につき従って御本尊という寂光浄土につながる『窓』から参詣させていただくことが出来るのです。その時の引導は葬儀の導師や参詣者の御題目以外にはないのだということを知りましょう。 


 御教歌 


  誰にても信者の葬の引導は  御題目にしくものはなし

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